Lord Buddhaとその影響はでかい、、、
つらいことがあったりしたとき心のよりどころとなる宗教。私は気づけばそんなときはいつでも、形は様々でも、それらに助けられていました。日本には、仏教といっても、本当にたくさんの宗派があり、様々な形で、人の心を潤し続けています。時には、人生の先輩から教えられ、時には後輩からもその形を教えられています。日本人は自分も含めて無宗教の人が多いといいますが、実際は、生活の中にその考え方が深く入っているので、やっぱり日本は仏教の国なんだな、とたまに実感します。日本に伝わる仏教は、北伝仏教(大乗仏教)と呼ばれ、スリランカに伝わる仏教は、南伝仏教(小乗仏教)と呼ばれていることは、昔、歴史の授業で、習ったなという程度でしたが、実際、その宗教の中で生活している人々との出会いは本当に不思議なものでした。私のスリランカの方々との交流が始まった頃、私は、よく彼らのところにあぞびに行きました。そこで私はすぐに、壁に貼ってある仏陀の絵をみつけました。寝るときには、いつも、仏陀に手を合わせるそうです。彼らは、その頃、私と同じ、20代前半。でも、私はといえば、自分の大好きなものをあがめることはあっても、仏陀に手を合わせるのは、人生の中でもほんの数十回でしたので、本当にわかりやすいカルチャーショックを受けたものでした。だって、彼らは、毎日毎日15年間くらいはそうしてきているのですから。(もちろん、個人差はあると思われます)同じ仏教国といえども、こんなに違いがあるとは!!と、本当に驚きました。確かに私のような日本人は無宗教といわれても仕方ないかもしれません。 その昔、インドで生まれた仏陀の教えが、南の島のスリランカに渡り、今も衰退せずに守られているその仏教に対する姿勢が深い多くのスリランカ人。そして、はるか彼方のインドから中国経由で東方の島にやってきた仏陀の教えを自然に生活する中で使っている多くの日本人。仏陀はすごい影響力を持った人なのだと実感した瞬間でした、、、。
植民地時代のお話
むかしむかしの植民地時代のことです。ある英国人ご用達のレストランに、スリランカ人の紳士が食事にやってきました。それをみた英国人の一人の男は、声を荒げて、そのスリランカ人紳士を指さし、こういいました。
『ここは、お前たちのくるところではない!でていかなければ、大変なめにあわせるぞ!』(ひどい時代ですね。)
それを聞いた、紳士は、静かにこう答えました。
『ここはスリランカです。どうして、スリランカにすむ私たちが、レストランに来てはいけないのですか。』男が何をいいかえそうかと、言葉につまっている間に、紳士は、ウェイターにターキーを頼み、注文がくるのを待ちました。注文が来ると、男はすぐにこういいました。
『お前が、ターキーに行ったことと同じことを、お前自身に行ってやろう。』
つまり、紳士がナイフとフォークを突き立てれば、男も紳士にナイフとフォークを突き立てようというのです。それを聞いた紳士は困り、頭の中で、切り抜ける方法を考えました。
いくばくかの時間がたってから、紳士は、静かに立ち上がりました。
そして、ターキーの載った皿をなんと、床の上に置いたのです。
次の瞬間、紳士は、男に勝ちました。
紳士は、ひざまずき、打ち伏せ、ターキーに向かって手を合わせたのです。
そして、こういいました。
『どうぞ、あなのおっしゃったようになさってください。』
この状況に、男ができることは何もありませんでした、、、、、、。
この話は、人種や、貧富の差別をすることのおろかさをあらわしているわかりやすい話だと思いました。
『ここは、お前たちのくるところではない!でていかなければ、大変なめにあわせるぞ!』(ひどい時代ですね。)
それを聞いた、紳士は、静かにこう答えました。
『ここはスリランカです。どうして、スリランカにすむ私たちが、レストランに来てはいけないのですか。』男が何をいいかえそうかと、言葉につまっている間に、紳士は、ウェイターにターキーを頼み、注文がくるのを待ちました。注文が来ると、男はすぐにこういいました。
『お前が、ターキーに行ったことと同じことを、お前自身に行ってやろう。』
つまり、紳士がナイフとフォークを突き立てれば、男も紳士にナイフとフォークを突き立てようというのです。それを聞いた紳士は困り、頭の中で、切り抜ける方法を考えました。
いくばくかの時間がたってから、紳士は、静かに立ち上がりました。
そして、ターキーの載った皿をなんと、床の上に置いたのです。
次の瞬間、紳士は、男に勝ちました。
紳士は、ひざまずき、打ち伏せ、ターキーに向かって手を合わせたのです。
そして、こういいました。
『どうぞ、あなのおっしゃったようになさってください。』
この状況に、男ができることは何もありませんでした、、、、、、。
この話は、人種や、貧富の差別をすることのおろかさをあらわしているわかりやすい話だと思いました。
バスの中はスリランカの縮図

スリランカのコロンボ周辺を走るバスはジェットコースターのようにボンボン跳ねます。観光できた場合は、主な乗り物はスリーウィラーというタクシーですが、バスは現地で生活するには欠かせない乗り物です。なんとか乗るしかありません。乗ると、そのスピードにも運転の荒さに驚きます。どうしても日本のバスとくらべてしまいます。扉も開け放されていて、運賃徴収は機械ではなくコンダクターです。ジェットコースターのように(またはトトロの猫バス)走る車内ではコンダクターが、ラッシュ時でどんなに混み合っているときでも人と人の間を押しのけ、前と後ろの扉の外に降りて乗ったりしながらも、運賃を五本の指にお札を種類ごとに分け、手作業で徴収します。
バスのメーカーはインドのTATAやダイムラークライスラーのベンツが印象的です。その大きなバスの運転席には花の飾りや電光板を使った仏陀の絵などがアレンジされています。その一方で、ラジオやヒンディー、スリランカの流行音楽がバスの中に響きます。一番前の右側のインドのガネーシャ(象の姿の神様)などのポスターの貼ってある席は、お坊さんのためにあけているため人々はすわりません。そして、一番前の左側の席は妊婦や体の不自由な人たちのためにあけられています。ほとんどのバスには何もそのような表示はありませんが、暗黙の了解なのです。バスの中の通路は時に舞台となります。突然、乗ってきた芸人が太鼓を叩いて歌を歌ったり、物乞いが自分の不幸な境遇をかたったり、障害者の手製品を売ったり、下半身のない人が両手を使って乗ってきたりします。そんな人々が乗ってくると、運転手やコンダクターは大きな音でかけていたラジオや音楽もとめ、好きなようにさせます。自分たちの披露が終わると、バスに乗っている人々(観客)からお金を集めるのです。
朝や夕方の通勤ラッシュ時には、運良く座れた人々が、立っている人の荷物をもってあげます。これも暗黙の了解なのです。日本では、そのように何もいわずに他人のものを持ってあげることは珍しいことだと感じます。また、(バスの中だけではありませんが、)アレンジしてある仏陀の電光板には、仏教が現代に深く生き続けていることを思わせますし、芸人や不遇な人々への哀れみを素直にお金であらわしたり、他人同士でも荷物を持ち合ったりするバスの中はスリランカの縮図のようなのです。
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