私とスリランカの出会い

私が一番初めにスリランカと出会ったのは、2000年のことでした。
職場で一緒に働いた人達と仲良くなったのがきっかけでした。
彼らと話した言葉の中でも、印象的なものがありました。

『あなたは、JRを知っている?』
『JR?』
『スリランカの大統領の名前だよ。昔、日本が植民地にならないように、スピーチをしたんだよ。』
『そうなの?全然知らなかった、、、』
『本当に?』(相手は、かなりショックのようだ、、、)
このことは、私の頭のなかに大きく残っていたので、いつしか、スリランカのことには目がいくようになりました。後に、見つけたある日本人の本の中に、訳がありました。

それは、スリランカと日本間にあるエピソードについてのことでした。
第二次世界大戦の終戦後の1951年、サンフランシスコでの、日本との講和条約調印式でのスリランカの初代大統領は、スピーチで、
『憎しみは憎むことによって消えず、愛することによって消える。すなわち、この言葉こそ、仏陀の信条なのだ。この条約は戦いにうち負けた敵(日本)に対して寛容な内容である。我々は、日本に対して友情の手をさしのべる。人類の歴史のこの章をとじるにあたって、今書いている最後のページが新しい歴史の始まりでもある。また、明日書く第1ページに、日本と我々が、ともに手を携えて、人類の生命の尊厳を十分に満たし、平和と繁栄に向かって前進することを願っている。』(2004年『スリランカを愛す だから、、、』中山茂氏より)といっています。
 つまり、彼は、国の代表として、5世紀にも及ぶ植民地支配に打ち勝ち1948年に独立したスリランカの経験から、日本がアメリカの植民地になる可能性を払拭しようとしたというものです。このスピーチは、確かにアメリカの日本への直接の植民地支配から救ったものといわれています。

ということで、2002年には、日本とスリランカは外交樹立50周年を迎えました。

こんな話があったとは、、、知る人ぞ知る?!

参考:スリランカの初代大統領 → J.Rジャヤワルダナ氏(当時セイロン政府の大蔵大臣)